風に吹かれて6

つづき

何が面白いと言って、この風向きからいろんなことがわかり、それまで謎だった事柄のいくつかがわかってくるからです。

例えば、ヨーロッパ。

ドイツにいた頃、チェルノブイリ原発による放射性物質が西側にも入り込み、特にキノコ類はそれらを蓄積しやすいというニュースが流れました。その当日、学食Mensa:文字通りメンザと読みます。一食200くらいのお金のない学生の味方でした。味は、まあ、アレでしたけどでマッシュルームのクリーム煮がメニューにあり、AかBの二択のランチで、普段は大人気のクリーム煮がこの日はほぼ全部残る事態になり、ここぞとばかりに私はお代わりして満腹したものです。

その当時、私はこう考えていました。

ヨーロッパの上空は偏西風が吹いているはずなので、東側のものが西側に流れることは基本的にないはず。さらに蓄積性の害ならば、今まで知らずに食べていたキノコ類全般がアウトなので、今日明日食べるのをやめたところで体内に入った放射性物質は、もうどうしようもないはず。理論的と言われるドイツ人の、いわゆるパニック現象なように思え、同じ理性的と言われる古代ギリシア人が、ちょっとプレシャーがかかると途端に迷信信者に変貌する故事を思い出したものです。

私は半分正しかった。しかし、これを見ると、私の考えの前半部分は間違っていたと言わざるを得ません。

風向きといっても、地上付近のそれと上空では随分と違う。地上付近ではここの地図から読み取れるように、チェルノブイリのあったウクライナには、南風が吹き込みます。

ブローデルの地中海の最初の方、地形について語る部分で、地中海沿岸には山地が迫っていて、人口が増えやすい平地が不足しているという指摘があります。

これは風向きを見ると実感できる内容で、地中海を渡る西風が山に阻まれてエーゲ海に向かい、さらにダーダネルスボスポラス海峡を抜けて黒海に吹き上げ、古代から穀倉地帯であったウクライナになだれ込んでいる様子がわかります。

しかもこの風は北アフリカあたりで発生したもので、基本的に暖かい。ウクライナが歴史的に一貫して穀倉地帯であり続けているのも、川の運ぶ堆積土砂に加えて、この要素が大きいのかもしれません。

同時に海峡というものは、海流も風も集中しやすく、距離の割には渡るのが難しいという特徴があるのがわかります。日本の風向きを観察していても、津軽海峡を吹き抜ける風の束は凄まじい。沖縄には薩摩藩などが積極的に手を伸ばしているのに、北海道が長く蝦夷地として未開拓状態が長がったのも、寒さそのものだけではなく、このアクセスのしづらさがあったでしょう。

地図上の距離と、実際のアクセス時間は一致しない。このへんも、ブローデルがェネツィアの記録などをまとめて、50年以上前に指摘しています。

話を戻すと、ウクライナを北上した風はそのままウラル山脈沿いに駆け上がり、北極圏の停滞性高気圧に押されてスカンジナィア半島の西側の海で渦を巻き、逆戻りするようにイギリスフランスドイツあたりを直撃します。

昔の私は、間違っていた。

地上を吹く風は、マクロ的に考えただけでは読み込むことが出来ない。風を読むのは、極めて難しいのです。

と同時に、読み込むのが難しいほど、それを解析して法則性を見つけたいという、原初的な好奇心をも刺激してきます。

つづく