運動変化の古典的描像(3)

[対称性]

 あるものが見る人の観点から独立していて、誰が見ても同じとされるなら、そのものは対称的である。あるものが観点に依存し、再現不可能ならば、それについて私たちが互いに話すことは不安定で、確定した意味をもたないだろう。有意味な物理的観察は他人と共有できる経験でなければならないが、他人と共有できない経験である理由として、視点や観点の違いが取り上げられる場合が多い。観点、視点の違いは主観性と結びつけて議論されてきた。個人が主観的な観点をもつためその人の心的状態がわからなくなると言われる。つまり、主観的観点が不可知論の理由となっている。同様に、イヌやネコの観点がわからないために、私たちは彼らの経験がわからないとも言われてきた。だが、観点が違っていても共有できる経験はある。観点が異なっても変化しない量は同じように経験できる。ここで観点から独立している量と観点に依存する量の違いに注意したい。質量や形状といった観点から独立した量は本質的、内在的量であり、観点に依存するのはシステムの状態に関わる量である。システムの完全な記述にはこれらの量がともに正しく表現されなければならない。

 システムの完全な記述を見出すための問いには次のようなものがある。

どのような観点が可能か

ある観点から別の観点へと記述はどのように変換されるか

対称的なものはどのような観測可能なものを認めるか

それらの結果は運動について何を語るか

これらの問いから得られる一般的な事柄は次のようにまとめることができる。

1異なる観測者による観測は互いに整合的である。:相対性の原理:外的対称性

2観点は使われる数学的表現によって異なる。:ゲージ変化:すべての言明は異なる数学的記述を通じて整合的:ゲージ不変性の原理:内的対称性

3部分的な変化によるシステムの振舞い:置換対称性:離散的対称性

 観点の変化は形式的には変換として表現され、対称性はその変換の集合である。この変換の集合は群(group)をつくる。変換はしばしば行列によって表現される。対称性の数学的表現として群が使われるが、対称性と保存性の関係はネーターの定理そのものである。保存性と対称性は自然の同じ性質を記述する二つの仕方である。私たちが自然について述べる能力はエネルギーと運動量が保存されることを意味している。

 これだけの叙述では対称性はわかりにくい。そこで、詳しくその特徴と物理学での意義を考えてみよう。

(対称性の数学)

不変に保たれるものがもつ代数的な構造は群をつくる。群は一つだけ演算が定義された数学的構造であり、対称性の数学的表現として用いられる。群は次の合成法則をみたす集合である。

(1)閉包性、(2)結合性、(3)単位元の存在、(4)逆元の存在

(整数の加法を考えて、この4つの性質を理解しよう。二つの整数を加えても整数であり、何度加えても整数であるような整数の集合は加法に関して閉じている。これが(1)の性質である。2+(4+3)= (2+4)+3のように加える結びつきを変えても同じ答えになる。これが(2)の性質である。加法は x + 0 = 0 + x = x が成立し、0が単位元になっている。また、どんな自然数 x についても、x + y = 0となるような y が存在する。実際、この y は‐xである。したがって、整数の集合は(1)から(4)までの性質を満たし、加法に関して群をつくることになる。同じことを自然数の集合について考えてみよ。)

運動や変化には様々あるが、簡単な図形の平行移動を考えてみよう。移動をA、B、Cとし、移動を続けて行うことをABやBAで表し、そのような移動すべての集合をFとしてみよう。ある移動Aの逆の移動をA*とし、何も移動しないことも移動の特殊なものとすると、集合Fは群になる。というのも、Fは移動に関して閉じており、

A(BC) = (AB)C, ∃x (xA = Ax = 0), ∃x (Ax = 0) (0は単位元

が満たされるからである。

(問)上の等式が成立することを確かめてみよ。

[変換群]

 対象を移動する、あるいは違った視点から見ることを対象の変換と呼ぶことにすると、逆の変換が元の状態を復元する場合、すべてのそのような変換は変換群をつくる。物理的な変化は変換で表現されるから、変換群は物理的な変化の集まりを数学的に表している。以上が力学的な変化を数学的に表現する概略である。

 最も単純な力学システムは1個の粒子が1点として表されるものである。粒子は内部をもたないので、空間内に延長をもたない質点(幾何学的な点)として表現される。粒子は空間内の位置、そして質量、電荷等の値が与えられれば、空間内で表現できる。それらの物理量は一定である。また、私たちは観測者としてそのシステムを外から眺めるが、観測者から物理学的に不必要なものは一切取り除かれる。単純化された観測者の測定だけが座標系の形で残される。座標系はデカルトによって空間に導入されたが、観測者と観測結果がそこに表されることになった。粒子と観測者の複雑な関係は点と座標系の関係に還元されて、残っている。この座標系についても対称性の原理が成立する。古典力学の場合、どのような座標系を選んでも運動は同じように表現されることが保証できる。

(問)古典力学の座標系はどのようなものか要約せよ。

[対称的な自然法則]

 このような説明から自然法則の特徴づけをまとめると次のようになるだろう。

自然法則の普遍性は対称性概念によって物理化される。自然法則を述べた普遍命題を確する必要がある時、直接に確かめることはできない。(なぜか)しかし、対称性とその数学的表現である群を用いることによって、数学的な意味で確証を得ることができる。

物理システムの認識論的特徴づけは座標系と対称性概念によってなされる。これは観測者と物理システムの間にある認識論的関係の物理化である。

 では、非対称的な法則はないのだろうか。その例は熱力学の第2法則、いわゆる、エントロピー増大の法則である。この法則の意味はそれほど明確ではない。

 物理法則における対称性の再認識は1905年にアインシュタイン(Albert Einstein, 1879-1955)が相対性の原理(principle of relativity)を述べたことに始まる。互いに対して一定の速度で動いている二人の観測者にとって物理学の法則は正確に同じというのが相対性の原理である。異なる視点の同等性というアインシュタインの考えはすべての可能な観測者に対して物理法則が同一であるという考えをさらに追求させることになった。あらゆる運動への同等性を述べるという考えは、それを普遍法則に高め、等値性の原理 (principle of equivalence) が得られた。この原理は、重力は見かけの力と区別できない、あるいは加速度の効果は重力の効果と全く区別できない、と言うものである。これら二つの原理は対称性原理の具体的な形である。

[ネーターの定理とその発展]

 対称性原理の次の段階はネーター(Emmy Nther, 1882-1935)の定理 (1918) である。この定理によると、物理法則の対称性にはそれに対応する保存則が存在する。この定理の逆も真である。つまり、どんな保存則にもそれに対応する対称性が存在する。対称性と保存則の関係は次のように分類できる。

空間的対称性は空間の均質性であり、線運動量の保存を含意する。

回転的対称性は空間の等方性であり、対称軸についての角運動量の保存を含意する。

時間的対称性は時間の均質性であり、エネルギーの保存を含意する。

対称性と保存性の同等性は、物理システムのある物理量が保存されて進化する場合は、それについての法則も普遍的であること、そしてその逆も成立することを意味している。

(問)エネルギーが保存されている対象について、過去から未来を予測することと、未来から過去を推測することはどのような関係になっているか。

 三番目の段階はこの35年間くらいの間の発見で、ゲージ場と呼ばれる特別の場ですべての物理法則は生まれ、その構造と振舞いは局所的対称性(local symmetry)によって完全に述べることができるというものである。時空のどのような点に視点を取っても等値性が主張できるというのが、法則が局所的に対称的ということである。

 こうして、ニュートン以来の物理学は対称性概念によってその普遍的妥当性を拡大し、それが現在も維持されていることがわかる。少々込み入った話になったが、ニュートンに始まる力学は時間的変化を対称性の原理によって数学的に処理し、数学を使った推論によって自然現象を理解することに成果を上げたことが述べたかったことである。